いすず、みすずのニ管の名笛が吹かれるとき、信州の山奥深く、新宮家の財宝とともに埋められた、もくずの笛がむせび鳴くという。
そのみすずの笛を高遠の城主・新宮伊勢守は、老中・田沼意知の求めに応じて、やむおえず献上した。
だが、その笛はすでに、すりかえられていた。
怒った田沼は老中の権勢を利用して、新宮家の取り潰しをはかる。
おりしも、新宮家に滅ぼされた大和氏一族の末裔・鳥羽姫は、うらみをはらそうと画策していた。
お家の安泰のため、名笛をさがし求めて、流浪する白鷺弦之丞と小百合たち。
聞くものの心を奪うという名笛と隠された財宝をめぐって、江戸と木曾の山奥にくりひろげられる怪奇な争いの数々・・・・・・。
丹左は骨ばった片頬に、皮肉な微笑をうかべながら、いつの間に、どうして手に入れたのか、紫色のふくさ包、手早くひらいて寒月にすかして見たが、さすがこの男も、その時ぞっとしたように眼をすぼめた。
出てきたのはいすずの名笛ただ一管、しかもその名笛には、いまだに血に染んだ主水之正の手頸が執念ぶかくブラ下がっているのである。
皎々たる月光を浴びて、この切り落とされた手頸を眺めている稲妻丹左のその姿は、幽鬼のごとく蒼白く物凄い。
伊那丸は土塀の上から、じっと呼吸をこらして様子をみつめていた。
（カバーより引用）